人文科学

江原順
『見者の美学』

1959年、弘文堂、初、カバー(少痛み)、四六版、294P
1,000円

「・・・この作家[デュシャン]は、キュビスムの画家として、ブラックとドローネーのあいだに位置づけられてきました。この画家が、「既成品」によって現れる以前に、すでにかれを著名にした“す早い裸体にかこまれた王と王妃”“独身者たちに裸にされる既婚婦人”などをみても、すでにこの画家の無意識にたいする関心が、かれの主題となりつづけてきたことがわかります。けれども、これらの絵では、なお、たとえば、道ですれちがった“裸体”やものが、思いがけなく激しく、意識に遺す痕跡などのような、人間と人間、人間とものとのあいだに不意に起る無意識の交流の探究に限られていたようです。けれども、かれは「既成品 »続きを読む

エドガー・ウィント
『芸術と狂気』

1965、岩波書店、初、函(背焼け・痛み)、255P、四六版、高階秀爾訳
1,000円

BBCリース・レクチャーによる連続講演に基づいたもの。 「・・・これまでの説明で、≪芸術≫という言葉と≪混乱・狂気≫という言葉とを並べたのは、私の独創でもなんでもないことが明らかになったことであろう。私はただ、プラトン、ゲーテ、ボードレール、ブルクハルトなどの心を占めていた思想を反映しているに過ぎない。そのほかにも、これらの人びとと同じようにお互い同士まったく違っていながら同じような芸術の根源に触れて同じ考えを表明した文筆家は、数多くその名を挙げることができる。しかしながら、このような思想がいっこうに新しいものではないというその事実そのものが、おそらくそれ故にいっそう強くわ »続きを読む

ラングドン・ウォーナー
『推古彫刻』

1958、みすず書房、初、函、菊版、182P、寿岳文章訳、朝河貫一序
3,000円

米国の傑出した東洋美術史家であり、日米戦争を憂いた平和主義者による日本彫刻論。  「・・・芸術史上、推古と呼ばれる時代は、聖徳太子の叔母にあたる偉大な天皇の名に由来し、仏教の伝来から奈良遷都までの、発展のめざましい百五十年間にわたる。日本はこの間に、野蛮国から帝国に成長した。理由を尋ねないでは、どんな規則をもうけ入れないことに慣れているわれわれアングロサクソンには、不可能としか思えないのだが、日本は、僅かばかりの律令を作るという簡単な過程によって、全くあっという間に、革新の實をとげたように思われる。日本の歴史には、西洋の心にもすぐぴんとくるいく場面かがあった。芸術の輝かしい »続きを読む

バージェン・エヴァンス
『ナンセンスの博物誌』

1961,毎日新聞社、カバー、帯(少焼け)、真鍋博装丁、原田敬一訳、204P、訳者献呈署名
2,000円

人間とはなんと愚劣なことを信じ込む生きものでしょうか。これはアメリカの物知り博士が二十世紀の迷信と伝説に投じた軽妙にして皮肉な挑戦状です。(帯文より) 「・・・農民戦争以来、真の民主主義運動はすべて反宗教的だという刻印を押されてきた。一つはこれはそういう人たちを恥ずかしめる企てだったが、また一つには、民主主義とは本質的に反権威主義であることがわかっていたからだ。すなわち民主主義は、われわれが自分で物を考える権利を要求するだけでなく、その責任を与えるのだ。そして迷信は思索の敵である。理に合わない結論を拒否するということは、正直な人間の宗教の一要素である。そういう人にとっては盲 »続きを読む

遠藤周作
『青い小さな葡萄』

1965、新潮社、初、カバー(少焼け)、帯(少焼け)、蔵書印あり、四六版、198P
00円 (在庫なし)

遠藤文学の初期世界にみられる西欧と日本との間の人種差別に起因するテーマを扱った長編小説。 「”・・・憐憫はたくさんです。そっとしといて下さい。ぼくらを探さないで下さい。 ムッシュウ・イアラ、君のノートの中にもそんな言葉がたくさん書いてありましたね。無記名の人間になりたい。カメラの位置をどこにも固定したくないですか。・・・なるほど、あれは黄色人でも白人でもない一人の人間になりたい君の気持ちでしょうね。笑いながらクロスヴスキーはその顔を近づけてきた。” 『青い小さな葡萄』はキリスト教の真実を真向うから問いつめようとした作品なのかもしれない。そもそも≪青い小さな葡萄≫とは何だろう »続きを読む