社会科学

鶴見祐輔
『米國々民性と日米関係の将来』

1922、岩波書店、初、函(痛み)、本体背焼け、経年シミ、記名、蔵書印あり、四六版、169P
00円 (在庫なし)

米国とは?、日米関係のあり方はどうあるべき?を論じた書。 「・・・幾回の平和会議を開いてみても、軍備制限会議を開いても、この会議の内容を為すべき個人の思想を変革せざる限りは、吾々は戦争を避けることは出来ない。如何にデモクラシーの世の中となってもデモクラシーの内容を構成する個人の思想が真実なる四海同胞の理想でない間は、戦争を絶滅さすことは不可能である。・・・第一に吾々は今日の教育制度の根本に国際精神に深い根拠を植え付けなければならない。・・・今少し高い道念が此の世を支配するようにならなければ真実の平和は到来しないのである。・・・吾々は今日に於いては『世界的に考えよ』という時代 »続きを読む

ベンジャミン・バーバー
『ジハード対マックワールド』

1997、三田出版会、初、カバー、帯、四六版、445P
1,500円

分裂と収斂が同時進行するパラドキシカルなグローバル世界の診断書。 「・・・毎日の新聞をすみずみまで読み、第一面にでてくる民間人の大虐殺や、ビジネス欄で情報スーパーウェーの仕組みや通信事業の合併による経済性などの記事を読み、水平線の360度をくまなく眺めてよく考えれば、われわれの世界と人生がウイリアム・バトラー・イエーツの言う人種と魂という二つの不滅なもののあいだに押し込められていることに誰でも気づくだろう。人種の不滅は部族の過去を反映し、魂の不滅は世界一体の未来を予想している。しかし、われわれの世俗の不滅は堕落し、人種は不満の象徴にすぎず、魂は不当な要求をする身体の大きさに »続きを読む

藤田省三
『天皇性国家の支配原理』

1966、未来社、初、カバー
00円 (在庫なし)

「明治以来の近代日本において、≪天皇≫の語の意味連関は、実に複雑多岐にわたっている。むろん、あらゆる政治的象徴は、それが取り上げられる政治的状況と、それを操作する政治的勢力の企図如何によって全く逆の意味内容を表象することすら屢々である。しかし、≪天皇≫観念の多義性は、行論のうちに明らかになるように、全く同じ政治的状況のもとで同じ政治的支配者の中に、同時に主観的真実として存在しているというてんで、まさに「万国に冠たるもの」があった。象徴としての≪天皇≫は、或は、≪神≫として宗教的倫理の領域に高昇して価値の絶対的実体として超出し、或は又、温情に溢れた最大最高の「家父」として人間 »続きを読む

藤田省三
『転向の思想史的研究―その一側面』

1975年、岩波書店、初、函(背少焼け)、四六版、272P
1,000円

時代背景としての戦前・戦後の社会思想的状況との関連で≪転向≫を論ずる。「・・・転向とは、ここでは、全く主体的な概念として考案されている。状況の中に喰い込んで、状況自体を目的意識的に変えてゆくためには、単に、状況の中に内在している≪転化の法則≫によりかかってばかりいたのでは駄目だ。≪客観世界の法則≫の他に、状況と変革主体との関係をできるだけ正確に法則的に捉えてそれによって主体的な原則をつくりその原則によって状況に働きかけねばならない、と考えるのである。いわば、運動自体を法則化しようとするのだ。そうして運動の法則は、≪客観世界≫の法則と対応して弁証法の定式に適合していなければな »続きを読む

中島岳志
『中村屋のボース:インド独立運動と近代日本のアジア主義』

2005、白水社、初、カバー、帯、四六版、340P
1,000円

新宿中村屋の≪インド・カリー≫の背後にある隠されたドラマ、20世紀前半のインド独立運動の指導者R・B・ボースの生涯を近代日本のアジア主義との関連で論じた書。 「R・B・ボースは生涯にわたって、アジア諸国の連合による植民地支配からの解放を旨とするアジア主義の主張を説いた。しかし彼にとってのアジア主義は、単なる植民地解放闘争という政治的課題ではなく、多一論的信仰に基づく共生社会を構想する思想的課題であった。R・B・ボースにとって、≪アジア≫とは単にユーラシア大陸の非ヨーロッパ地域という地理的空間ではなく、西洋的近代を超克するための宗教哲学そのものであり、アジア諸国の植民地闘争は »続きを読む