A・ハクスリー
『思想の遍歴』

1960年、東京創元社、初、西村孝次訳

1,500円

作家A・ハクスリーによる文明批評集。「夜の音楽」、「美容産業」、「目的と手段」、「猫の説教」、「知性の諸相」、ほか。

「わたしは、さきごろ、小説家志望の一青年に出会った。わたしが小説家だということを知ると、その青年は野心を実現するにはまず手始めにどうしたらいいかお教え願いたい、といった。わたしは知恵をしぼって説明した。“まず第一ですな、”わたしはいった、“原稿用紙をどっさりと、インキを一壜、それからペンを一本買うこと。あとはただもう書くの一手ですよ。”しかしこれではわたしの若い友人には十分でなかった。いろいろと文学の調理法がのっている、秘伝の料理本といったようなものがあるはずだとかれは考えていたらしい、・・・こうした質問に答えるべくわたしは最善をつくした。・・・それでもまだ青年がかなり不服そうな顔をしていたので、わたしはこちらから、ただで、最後の忠告をしてあげた。“ねえきみ、”わたしはいった、“きみが心理小説家になって人間というものについて書きたいというのだったらね、きみにできるだけいちばんいいことは猫を二匹飼うことですよ。”そういってわたしは青年と別れたのである。・・・」(『猫の説教』より)