『のくちゆるぬ』
前田静秋

1959、プレス・ビブリオマーヌ、宮下登喜雄銅版画5葉、両者署名、総皮装、函(背少焼け)、限定200部内家蔵別装本5部

5万5千円

NOCTURNE—an einer frau—

 

繊月 クリスマスの夜更 ヒマラヤ杉

の影絵に 北方の空がいやにあかるい

――粉雪(ゆき)のふりやんだ 下界

 

そのとき おまえは 白衣をまとって

愁うるとなく 薄青い眸をあげ どこ

かしらない 夜の彼方をうかがうのだ

 

ピエロオの踊りはやまず 消えがてに

うたごえつづき そして わたしたち

はなにをかたつたのだろう・・・

 

いつか年老いている 銀の髪 さらさ

らと風に鳴り いろいろなふしあわせ

と みえない夢のはなばな ものがた

ることは もの倦いこと

 

疑わずにいよう 疑わずにいよう と

くりかえすことは 疑うことであった

 

 

地上ではさまざまなものが生れていた

ゆくえのしれない夢がひとつ 記憶の

舞台に ほのかなあかるみをそえなが

ら あの葬送のピアノ・ソナタを・・・

 

息絶えたおまえの傍らにいて 白痴の歌

をうたうのはわたしだった 葡萄いろ

の滴が おまえの唇に凍てついたまま

 

沈香樹の陰におまえの透きとおった

屍を置き きいろい地平を眺めている

うつろな雲 盲のような悲しみにいて

 

愛憎もまたうつくしい 山河 みずの

ようなそのこころよ 永久なる狭間に

おまえのなきがらを 葬むろうとする

 

もはや なにごともかたらないだろう

もう なにごとをくりかえさない と