庄野潤三
『ガンビア滞在記』

1957、中央公論社、初、カバー(背少焼け)、帯(背少欠け、焼け)、四六版、254P

3,000円

「田舎の出来るだけ小さな町に行って、その町の住民の一員のようにして暮らすことが出来たらというのが、ロックフェラー財団のよって一年間の米国留学の機会を与えられた際の私の希望であった。しかし、実際にそんな具合に行くとは考えていなかった。ガンビアはケニオン・カレッジによって始められ、カレッジと町とが一つに融け合っている町である。その点では特殊な町である。ガンビアから五マイル離れたマウント・ヴァーノン(人口一万五千)の知人たちは、私がガンビアへ来た目的を聞いて、”ガンビアでは典型的なアメリカの小さな町の生活は分らない。わがマウント・ヴァーノンこそ君の来るべき町であったのに”と云った。私も最初はそういう気持ちがしていた。私は洗練された人たちの社会に迎えられるよりは、田舎風な人たちの間で暮らすことの方を有難く思っていたから。

しかし、私は一年近くガンビアに暮らしている間にそういう風に外側から決めてかかるのは間違っていると思うようになった。私は教授の家族の中にも、他の職業に従事している人たちの中にも、よき隣人を発見した。『ガンビア滞在記』はこれらの隣人の話を中心に、九月に始まって六月に終るカレッジの一年と町の様子を書いたものである。・・・」

『ガンビア滞在記』中公文庫(1975年刊行)あとがきより