編集:小尾俊人
『回想・北野民夫』

1989、みすず書房、初、函(少キズ)、非売品、四六版、144P

4,000円

みすず書房創業に特別な役割を果たした北野民夫に捧げられた追悼集。
「“葱汁うまし逸話を持たで五十路過ぐ”の一句が故人にある。逸話なき人生を自覚していたこと、自己の人生を突き放してこう詠める人は達観しきっている。そして底に孤独に徹する凄さを秘めていなくては、この句は生れない。そもそも逸話とは他人の創作だ。第一逸話がつくられたも許される人は、ミケランジェロ、ベートーヴェン、アインシュタイン等々、一世紀に四、五人ぐらいしかいないのである。

≪生涯現役≫≪企業戦士の壮烈な死≫と、よく言われた言葉があったが、北野民夫の七五年の生涯は、まさにこの言葉そのままであった。倉庫業、出版業、法人会、萬緑と、異種・異業の事業、組織を同時進行で、そのすべてを死に至るまで立派に運営された。この四つ以外にもいろいろとあったと思われるが私は知らない。ともかく奮励努力の日々であった。そのうえ、肉体的に疾患をかかえられておられたという。驚きのほかはない。私はどこからあの活力が出てくるのか、などと考えてしまう。もっとも故人は、そんなこと考えること自体、書生談義の無用の暇つぶし、無駄なこと、まずは仕事、仕事だと、笑いとばされるであろうが。

そう、故人は≪無駄≫を極度に嫌っていた。初期資本主義は、合理性、禁欲、節約を絶対として仕事(職業)に全生命を打ち込み働くことが、即ち神への最高の奉仕なのだ、を信条とした人々の活動に始まる、という有名な学説があるが、故人にはこの初期資本主義の精神が、意識していたか否かは別として、強くあったのではなかろうか。そこに常に完全武装して仕事に全力を打ち込んでいった。自分でも言う、逸話なき生涯が展開されていったと私は思う。

だがこれだけでは耐えられぬ。人生とは言われまい。ほかに何かがなければならない。ここに故人の俳句、旅行という趣味の範疇を越えた世界があった。無駄、遊びの世界である。さきに孤独に徹する凄さといったが、これを支える源泉が、この無駄、遊び、から出てくる故人の無常観、寛容である。世の中を生きていく表面の剛の世界を支えていたものである。仕事は絶対的に、人間には相対的にと。すべてを心得、見通していたのである。・・・」