ロラン・バルト
『テクストの快楽』

1977、みすず書房、初、カバー(少汚れ)、四六版、160P

1,500円

テクストと快楽・悦楽との関係をアフォリズムのような断章で論じた書。
「≪文≫は階級的である。支配がり、従属があり、内的制辞がある。こうして、完結に到る。どうして階級性が開かれたままであることができようか。≪文≫は完結する。それは正に完結した言語活動でさえある。この点で、理論と実践は非常に食い違う。文は権利上無限である(無限に触媒化し得る)と、理論(チョムスキー)はいう。しかし、実践は常に文を終えることを強制する。≪イデオロギー的活動はすべて、構成上、完結された言表の形で現われる。」ジュリア・クリステヴァのこの命題を裏返してみよう。すなわち、完結された言表はすべてイデオロギー的となる危険をはらむ。実際、文の手腕を定義するもの、≪文≫の手先たちが、あたかも最高の技倆を高い代価を払って獲得し、見につけたかのように思わせるものは、完結する力なのである。・・・」