……由木さんには独特の抽象話法があった。例えば「今日は一日ぼんやりと窓の外を眺めて過ごす」などと言う代わりに「繭(cocon)の中にいる」と言う。由木さんにとって「マユの中」は、心地よい環境の中をあらわす極めて抽象度の高い抽象概念に当たるから、凡百の半ば具体的、半ば抽象的な概念は総て無用だった。「マユの中」という極めて具体的な「もの」が、彼の精神を介すると極めて抽象的な概念の表現となる。
「マユの中」が抽象性を生む過程を見ると、由木さんの画が具象的な表現を越えて極めて抽象的な図の組み合わせとなる過程には、大きな必然性が潜んでいることが分かる。しかも由木さんの抽象的な図柄には、大きな発展性がある。それは彼がこの例のように、まさに抽象的な図柄を通して、ものを考え状況を捉えているからである。
由木さんは突然、住み慣れた「ココン」(繭)の中から、はるか別天地に旅立ってしまった。この人生の限られた時間を生きながら、マユ(繭)の中で一本の芸術制作の道を何時も楽しげに歩きつづけ、そして沢山の、気品に満ちた新しい作品を生み出していった由木さんに、私は黙って、心から脱帽したい。……
渡瀬嘉朗「由木礼さんのこと」『由木礼全版画集』(2005年、玲風書房)より