浅田彰
『構造と力』

1983、勁草書房、初、カバー(少経年シミ)、帯、四六版、240P

00円 (在庫なし)

構造主義/ポスト構造主義の思想をひとつの一貫したパースペクティヴのもとに論理的に再構成し、浅田彰現象とニューアカデミズム・ブームを巻き起こした書。

「・・・大学についてのふたつのイメージの対比から明確なパターンを抽出するために、文・理学部中心―法・医学部中心という対比に、即時充足的―手段的、虚学的―実学的、≪象牙の塔≫的―≪現実主義≫的といった一連の対比を重ねてみる。すると、それらは不協和音を発しつつも、ひとつの構図へと収斂していくだろう。その上で、大勢が前者から後者へ移ってきたというストーリーが語られ、最後に、あなたは二者択一の前に立たされる。両者のうちどちらを択び取るのか、知のための知と手段としての知、そのいずれをよしとするのか。

・・・二者択一の問題には決してまともに答えないこと。できれば問題そのものをズラせてしまうこと。・・・大学は出来上がったパターンをズタズタに切り裂く場所でもあるのだ。画布を破り捨てる用意のある者だけがすぐれた≪かたち≫を描くことができる。・・・ことはスタイルの問題であり、あなたの感性はどちらのスタイルも受つけないはずだ。スタイルといい、感性といい、いかにも軽薄な響きではある。けれども、感性によるスタイルの選択の方が理性による主体的決断などよりはるかに確実な場合は少なくない。その意味で、ぼくは時代の感性を信じている。・・・

要は、自ら≪濁れる世≫の只中をうろつき、危険に身をさらしつつ、しかも、批判的な姿勢を崩さぬことである。対象と深くかかわり全面的に没入すると同時に、対象を容赦なく突き放し切って捨てること。同化と異化の鋭い緊張こそ、真に知と呼ぶに値するすぐれてクリティカルな体験の境位であることは、いまさら言うまでもない。簡単に言ってしまえば、シラケつつノリ、ノリつつシラケること、これであり。・・・”どうせ何もならないだろうけれど”と言いつつ知と戯れることができる。そして、逆説的にも、そのことこそが知との真に深いかかわりを可能にする条件なのだ。・・・」

関連書:
『浅田彰:≪知≫のアイドルの研究読本』(1984、プレジデント社、カバー、帯、本体少時代しみ、初)
1,500円
1980年代ニューアカデミズムの旗手、浅田彰現象を論じた書(寄稿者:栗本慎一郎、中上健次、小此木啓吾、四方田犬彦、山口昌男、林真理子、松浦寿夫など)。

「『朝日ジャーナル』誌の編集長交替にしたがって誌面刷新が断行された。その第一号にあたる四月十三日号の表紙は今までのタブロー絵画にかわって人物写真を用いている。それまでのあのなつかしい『朝ジャ』の≪顔≫を変える、という大胆な発想を求められている時代なのであろうか。・・・ところでこの誌面刷新の第一号にあたる『朝ジャ』の表紙は誰あろうことか≪ちょっとピンボケ≫の浅田彰(以下敬称略)である。トップの見出しは≪若者たちの神々 浅田彰”現象”とは何か≫である。わたしのような≪古典的≫な読者が多いとすれば、ガク然たる思いを抱いた者な少なくないはずである。むろん浅田が『朝ジャ』の書評欄などの常連ライターであることは知っていたが、浅田現象そのものを肯定していくような見出しにはまず驚いたし、その素直な印象は≪えらいところにきてしまった≫という一種自虐的なそれであった。・・・」(美術評論家 高島直幸)