鶴見俊輔
『戦時期日本の精神史―1931~1945年―』

1982、岩波書店、初、函、帯、294P

1,000円

1931年から1945年までの時代を、転向、国体、大アジア、日本の中の朝鮮、非スターリン化、玉砕の思想、原爆の犠牲者、戦争の終り、などの観点から論じるた、カナダのマッギル大学で行った講義の記録。

「・・・日本は、米国やソビエト・ロシアのような超大国にくらべることのできない小さな軍備をもち、軍事的な強制手段に頼ることなくほかの国々との貿易を求めていかなければなりません。この見通しは、かつて戦時下に鎖国状態が用いられた仕方で、軍国としての団結と膨張への道をとることを妨げます。日本に在留する朝鮮人の集団、戦争によって本土の人たちとくらべようもないほどに手痛く打撃を受けた沖縄の住民、原爆によって打たれた記憶をもつ人々、そして否定の形における精神的遺産としての十五年戦争の記憶、これらは戦前の日本人が夢見ることさえできなかった仕方で鎖国状態の伝統をつくりかえることを助けます。戦争中にさかんに声高に唱えられた思想の流儀は、西洋渡来の思想体系と正面から対決するのに十分な力をもつように、不謬の普遍的原理をそなえたものとして日本の伝統を理想化しました。それは日本の伝統を歪めてとらえる結果になりました。実際には日本の伝統は、あらゆる場所とあらゆる時代を通して同じ仕方で人間を結びつけるような、人間を縛るような普遍的断定を避けることを特徴としています。この消極的性格が、日本思想の強みでもあります。普遍的原理を無理に定立しないという流儀が、日本の村に、すくなくとも村の中の住民の一人であるならばその人を彼の思想のゆえに抹殺するなどということをしないという伝統を育ててきました。目前の具体的な問題に集中して取り組むことを通して、私たちは地球上のちがう民族のあいだの思想の受け渡しに向かって日本人らしい流儀で、日本の伝統に沿うたやり方で働くことができるでしょう。それは西洋諸国の知的伝統の基準においてはあまり尊敬されてこなかった、もう一つの知性のあり方です。・・・」