編集:有馬頼義
『猫』

1955年、中央公論社、初、カバー(背少焼け)、帯、新書版、本体少経年少シミ、装丁:恩地孝四郎、カバー・カット:猪熊弦一郎

00円 (在庫なし)

執筆者に有馬頼義、猪熊弦一郎、井伏鱒二、大佛次郎、坂西志保、谷崎潤一郎、柳田國男など

「春から夏に移る頃であったかと思ふ。或日座敷の縁の下で野良猫が子を産んで居るといふ事が、それを見つけた子供から報告された。近辺の台所を脅かして居た大きな黒猫が、縁の下に竹や木材を押し込んである奥の方で二疋の子を育てて居た。一つは三毛でもう一つは雉毛であった。・・・我家の猫の歴史は此れからはじまるのである。私は出来るだけ忠実に此れからの猫の生活を記録しておき度いと思つて居る。
月が冴えて風の静かな此頃の秋の夜に、三毛と玉とは縁側の踏台になって居る木の切株の上に並んで背中を丸くして行儀よく坐って居る。そしてひっそりと静まりかへって月光の庭を眺めて居る。それをじっと見て居ると何となしに幽寂といったやうな感じが胸にしみる。そしてふだんの猫とちがって、人間の心で測り知られぬ別の世界から来て居るもののやうな気のする事がある。此のやうな心持は恐らく他の家畜に対しては起こらないのかもしれない。」
(寺田寅彦『猫』より)

「これは、懐かしい猫の本です。今からおよそ五十年前、昭和二十九年に中央公論社より発行された『猫』という小さな本を、このたび少しばかり大きくして作りなおしてみました。・・・元になった本は、すばしっこくて逃げ足が早く、あまり見かけることのない珍しい本です。古本屋の親父さんも「ふうむ。これはたしかにあまり見ない」とニコニコしています。ニコニコしてしまうのは、これがじつはとても良い本だからです。本当に良い本は、読んだ人がなかなか手放さず、古本屋の親父さんもほとんど見たことがありません。
いわば幻の猫。
しかし、猫は気まぐれな生きものですから、皆がすっかり忘れてしまった頃に突然ひょっこり現れます。・・・いいチャンスです。この機を逃さず、せめて尻尾ぐらいつかんでみてください。・・・」
(クラフト・エヴィング商会プレゼンツ『猫』(2004年、中央公論社)はじめにより)