人文科学

磯崎新
『建築における「日本的なもの」』

2003、新潮社、初、カバー、帯、四六版、332P

1,500円

世界的建築家による日本=建築論の記念碑的集成。「歴史的建造物を読解することによって≪日本的なもの≫をとりだそうとする視点は、実は近代建築の受容という文化的外圧のなかで、モダニズムの移植をはかりながら独自の変性を遂げてきた20世紀になっての日本の建築家が組みたてたものではなかったか。・・・歴史的建造物を批評として論じたものを更にその根拠を批評的に論じようとしたわけで、メタ批評といわざるを得ないが、ここではあらためて≪日本的なもの≫が日本の近代において言説と組みたてられていった過程を追っている。・・・ ・・・今日の世界の構図が、海に消えた国境線をあらためて無意味にし、開港を不能 »続きを読む

飯島宗享
『自己について』

1989、私家版、初、アンカット、表紙・扉絵:松野安男、四六版、285P
2,500円

”自己とは何?”という本質的な問いに関し思索を促す書。のちに青土社から市販された。「これから人間的自己についての哲学的考察ということでお話いたします。人間の自己という問題をめぐって、これまで私が考えてきたことの総まとめともいうべきものを、ここを場所として試みようと思っております。要点は≪自己とは何か≫という問題を、実存的自己を中心に、多くの相貌を思い合わせつつ哲学的に考察することを通じて、哲学の、とくに人間にとって哲学の何たるかを講じること、というようなことになります。・・・ 人間は、母親の体から切り離され、オギャーと産声をあげたそのときから、社会という枠のなかで生き続ける »続きを読む

石黒ひで
『ライプニッツの哲学』

1984、岩波書店、初、函、四六版、225P
2,000円

ライプニッツの哲学にまつわる誤解を軽減させ、その思索の多面性に迫る。 「・・・ライプニッツの論理と言語に関する哲学的思索はあらゆる面で、従来考えられたよりも遥かに筋が通っているし、ラッセルが言ったよりははるかに辻褄の合うものである。このことは、私の勝手な思い込みではないかと確信する。多くの点で、ライプニッツの学説は、ロックやバークリーの哲学体系のみならず、カントの哲学に較べても、遥かに新鮮である。勿論、後に指摘するように、ライプニッツの説の中には明らかに誤りであるものもあるし、彼が残した膨大な数の断片には相矛盾する箇所もある。しかし、彼の形而上学が単純極まる論理学説に基礎づ »続きを読む

ルードヴィッヒ・ヴィトゲンシュタイン
『論理哲学論考』

1968、法政大学出版局、初、カバー(少切れ)、帯(少焼け)、四六版、344P、藤本隆志、坂井秀寿訳
2,000円

哲学上の諸問題を扱ったヴィトゲンシュタインの代表作。 「哲学の正しい方法 『論理哲学論考』はいかに理解されねばならぬか。 哲学の正しい方法とは本来、次のごときものであろう。語られうるもの以外なにも語らぬこと。ゆえに、自然科学の命題以外なにも語らぬこと。ゆえに、哲学となんのかかわりももたぬものしか語らぬこと。――そして他のひとが形而上学的なことがらを語ろうとするたびごとに、君は自分の命題の中で、ある全く意義をもたない記号を使っていると、指摘してやること。この方法はそのひとの意にそわないであろうし、かれは哲学を学んでいる気がしないであろうが、にもかかわらず、これこそが唯一の厳正 »続きを読む

エドガー・ウィント
『芸術と狂気』

1965、岩波書店、初、函(背焼け・痛み)、255P、四六版、高階秀爾訳
1,000円

BBCリース・レクチャーによる連続講演に基づいたもの。 「・・・これまでの説明で、≪芸術≫という言葉と≪混乱・狂気≫という言葉とを並べたのは、私の独創でもなんでもないことが明らかになったことであろう。私はただ、プラトン、ゲーテ、ボードレール、ブルクハルトなどの心を占めていた思想を反映しているに過ぎない。そのほかにも、これらの人びとと同じようにお互い同士まったく違っていながら同じような芸術の根源に触れて同じ考えを表明した文筆家は、数多くその名を挙げることができる。しかしながら、このような思想がいっこうに新しいものではないというその事実そのものが、おそらくそれ故にいっそう強くわ »続きを読む