古書&アート作品

Edward W. Said
“Joseph Conrad and the Fiction of Autobiography”

1966, Harvard University Press、カバー痛みあり、207P
9,000 yen

Conrad’s achievement is that he ordered the chaos of his existence into a highly patterned art that accurately reflected and controlled the realities with which it dealt. His experience, as both man and writer, is unique in English literature: no expatriation was as complete or as complex »続きを読む

Gayatri Chakravorty Spivak
“Other Asias”

2008, Blackwell Publishing、ペーパーバック、365P
3,000 yen

In “Our Asias,” I am called to speak as “Asian” in the heart of Asia-Pacific. I suggest there that we should not think of our own corner as exemplary of our continent, that we might to try to pluralize our continent. This would be the thinking of “Other Asias” from above, from the universi »続きを読む

ベネディクト・アンダーソン
『想像の共同体』

1987、リブロポート、初、カバー、帯、四六版、288P
1,500円

国民を≪想像の共同体≫として捉え、そうした共同体が人々の心の中にどのように生れ、世界に普及したかのか、ナショナリズム研究の古典。 「無名戦士の墓と碑、これほど近代文化としてのナショナリズムを見事に表象するものはない。これらの記念碑は、故意にからっぽであるか、あるいはそこにだれがねむっているのかだれも知らない。そしてまさにその故に、これらの碑には、公共的、儀礼的敬意が払われる。これはかつてまったく例のないことであった。それがどれほど近代的なことかは、どこかのでしゃばりが無名戦士の名前を≪発見≫したとか、記念碑に本物の骨をいれようと言いはったとして、一般の人々がどんな反応をする »続きを読む

マックス・ヴェーバー
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』

1988、岩波書店、初、カバー、大塚久雄訳
00円 (在庫なし)

「・・・近代資本主義の精神の、いやそれのみでなく、近代文化の本質的構成要素の一つというべき、天職理念を土台とした合理的生活態度は―この論稿はこのことを証明しようとしてきたのだが―キリスト教的禁欲の精神から生まれたのだった。読者はここでいま一度、この論稿の冒頭で引用したフランクリンの小論を読みかえして、その個所でわれわれが≪資本主義の精神≫とよんだあの心情の本質的要素が、さきにピュウリタンの〔天職意識に由来する〕職業的禁欲の内容として析出したものと同じであって、ただフランクリンのばあいには、宗教的基礎づけがすでに生命を失って欠落しているにすぎない、ということを見とどけていただ »続きを読む

宇井純
『公害の政治学:水俣病を追って』

1968年、三省堂、帯、本体天に少経年シミ、新書版、216P
1,000円

  水俣病とは何か、そこからどんな教訓を引き出すことができるのか。 「・・・水俣病はけっして過去の病気ではない。今もなお狂いまわって苦しむ患者、眼も見えず、耳も聞こえない子供たちは死の病であり、働き手がたおれた家庭にとっては取り返しのつかない災厄となっている。見せかけの繁栄のかげで、病気になったらおしまいだ、からだだけが頼りになる元手だとつぶやく私たちにとっても、けっして他人事ではない。 水俣病が破壊したのは患者の生活ばかりではない。かつて貧しいながら安定していた漁民の生活をどん底に落し、工場にたよる経済に生きる町の人々との間に、不信と反目、はてはねたみさえ生んだ »続きを読む