「・・・セザンヌの作品が巻き起した反感はなかなか姿を消さなかったが、またその反面、彼の作品の及ぼした影響は、急速でまた非常に深かった。この影響は、広大且つ永続的だと言える。事実、彼の影響が、現代の主なる芸術活動の大部分を育て上げたと言っても過言ではない。野獣派も、立体派も、エクスの巨匠の名を引き合いに出した。ブラックからマティスまで、ヴラマンクからピカソまで、モディリアニからマルケ、ドラン、アンドレ、ロート、或いはドローネーに至るまで、何と多くの画家達が、彼の刻印を受けていることだろう!彼の死後50年の間に、セザンヌの重要性はますます大きくなった。・・・」
古書&アート作品
1963年、みすず書房、カバー、帯、小口・天に少経年しみあり、四六版、426P、矢内原伊作訳
『精神疾患と心理学』
1970年、みすず書房、カバー、初、経年少シミ、神谷美恵子訳、170P
1,000円
「狂気はその文化自体のポジティヴな表現である」フーコーの構造主義的思考の芽生えを知る最良の書。 「二つの問いがある。心理学の分野で、病気について語ろうとするならば、どのような条件のもとにおいてそれが可能なのであろうか。精神病理の事実と、身体病理の事実との間に、どのような関係をさだめうるのであろうか。・・・そもそも精神病理学と身体病理学双方において、病気とか症状とか病因とかいう概念に、同じ意味を賦与するところから、こうした困難がおこるのではなかろうか、と。・・・精神病理の根は、何らの『超病理学(メタパトロジー)』に求められるべきものではなく、歴史的な位置づけの中で、人間対狂人 »続きを読む
『芸術の慰め』
1965、講談社、初、函(背少焼け)、帯、菊判、286P
6,000円
福永武彦による西洋画家論。 「芸術作品とは人類の所有した素晴らしい遺産であり、その時代ごとに人間の魂を表現したものである。時代は移り変り、人間の感じかたは風俗や表現技術や社会制度や思考方法と共に変って行く。しかし芸術家がその作品を生み出す時に発揮した魂は、常に変らない力を保存している筈である。古典的な傑作は、厖大な群小作品を洗い流す「時間」に逆らって、それだけの存在理由を持って残っている。・・・ 私は数年にわたってサナトリウムで寝ていたことがある。またその後もしばしば病気のために床を暖めた。その時、一冊の画集、或いは一冊の詩集、或いはラジオのレシーヴァから漏れてくる音楽の流 »続きを読む
『幻想芸術』
1968、紀伊国屋書店 初、カバー(少汚れ)、小口(少シミ)、菊判、496P、坂崎乙郎訳
1,500円
芸術における幻想的なものを考える上での必読書。 「幻想という主題は、外的なフォルムや創造的な着想などで固定されない柔軟性を備えている。それゆえ、誰もこの主題を完全に探りつくそうなどといった錯覚や先入観をもつことはできまい。とくに現代芸術はシュールレアリズムのおかげで、幻想に着目すべき地位を与えたのだし、いわゆる伝統的な芸術よりもいっそう複雑かつ多様な意味をふくむさまざまな造形を経て、幻想を絶え間なく変えてきたのである。だからこそ今日では、あらゆる国ぐにに“古典的な”幻想と呼ばれるものとはまったく別種の幻想―まさに生成の過程にある幻想が存在することになろう。幻想は決定的に評価 »続きを読む
『天皇の逝く国で』
1994、みすず書房、初、カバー、帯、四六版、351P、大島かおり訳
1,500円
1988-89年、故昭和天皇の病いと死の時期のあいだの、日本人の行動様式と心性、そこに顕在化したさまざまな問題を考察した書。 「日本の天皇ヒロヒト、追号、昭和天皇は、一九八八年九月十九日、病にたおれ、翌八九年一月七日に逝去した。国葬は、国外から世界史上のいかなる葬儀をも明らかに上まわる数の貴顕参列者を迎えて、二月二四日にとりおこなわれた。この間の五か月半を、おおかたの日本人は重く張りつめた特異な雰囲気の中で過ごした。この国が経済繁栄によって変貌を遂げて以来、このときはじめて、第二次世界大戦とその負の遺産を省みる試みがなされ、とりわけ、被害者としてだけでなく加害者としての日本 »続きを読む
