「とどのつまるところ、またそもそもの初めから、文化の解釈学的研究とは、人間が生を営むという行為において生を構築する際の多様性と調和しようとする試みである。・・・他の人々がわれわれを見るようにわれわれ自身を見ることは、目を開かせるものとなろう。他の人々にもわれわれ自身と共有するところがあるとして見ることは、最低限の心得である。しかし、われわれ自身を他の人々のさなかに見る、すなわちわれわれ自身を、人間の生がある地でとったかたちの固有(ローカル)の実例として、諸事情の中の一事例、諸世界の中の一世界として見るというはるかに大きな困難を達成して初めて、それなくしては客観性は自己賛美と »続きを読む
古書&アート作品
1991、岩波書店、初、カバー、帯、B6版、424P
『現代哲学』
1969、日本放送出版協会、初、カバー(少汚れ)、B6版、帯、204P
1,000円
フッサール、メルロ=ポンティ、サルトル、レヴィ=ストロースなどの論理を辿り、現代哲学の中心的課題を明白にする。 「・・・ヘーゲルにせよ、マルクスにせよ、それぞれの流儀で当代の政治や科学や芸術などとの対話を試み、そのなかから自己の哲学を作り上げてきているわけである。メルロ=ポンティ自身もあるところで、哲学というのは≪どこにもありどこにもない≫(partout et nulle part)ものだ言っているが、たしかに哲学というものは知のどの領域にでもあるが、といって哲学に固有の領域などというものはどこにもないもののようである。むしろこういうふうに、当代の政治や科学や文化の諸領域 »続きを読む
『背徳のメス』
1960年、中央公論社、初、函(少痛み)、直木賞、四六版、P241
00円 (在庫なし)
「・・・それにしても、人間の愛には、このような執着もあったのか。植は、真理子に対する己れの愛情を、静かに見詰めることができそうな気がした。裏切られたからといって、何も言わずに家を捨て、やくざな生活に流されながら、過去を恨むような女々しい男に、本当の愛が燃えるはずはなかったのだ。本当の愛とは執着ではないか。植はふと伊津子のことを思った。が、今の彼は、廃人の夫から妻を奪ってしまうほどの執着を伊津子に抱いてはいない。植は、ひどい疲労を覚えた。ふと、都会の泥のような人間関係の、わずらわしさから脱したい気がした。故郷の岩手富士の秀峰が、とぼとぼ歩む彼の脳裡をよこぎった。」 「・・・こ »続きを読む
『日本の若い者』
1950、日比谷出版社、カバー(背焼け)、本体全体に経年焼け、装丁:向井潤吉、
巻頭の著者近影写真、306P
00円 (在庫なし)
同志社大学で宣教師として滞在した、オティス・ケーリによる戦争体験記。 「・・・私はこのごろ、デモクラシーという言葉を出来るだけ使わないようにしている。というのは、連中と話していると“それは何デモクラシーのことですか”などと、よくいわれる。また、ある男は“デモクラシーという言葉を使うと、アメリカにおべっかを使っているみたいでいやだ”という。 そういう厄介な言葉は使わない方がいいと思っている。それに、この言葉は、戦後の日本で、心ない人たちに、すっかり汚されてしまった。“デモクラシーのために・・・”“民主日本のために・・・”と、戦時中の“大東亜共栄圏のために・・・”と同じように、 »続きを読む
『建築をめざして』
1967、鹿島研究所出版会、初、函(イタミ)、四六版、212P、吉阪隆正訳
1,000円
ル・コルビュジェによる近代建築のバイブル。 「時代の当面している課題を扱うのだ。それ以上のことなのだ。時代の当面している中心課題だ。社会の均衡は建築の問題だ。次の二律背反的なしかし弁護可能なものを結論としよう。≪建築か、革命か≫と。 “住宅は住むため機械”今なおこの宣言はある意味で価値をもっていて、なお啓蒙的役割を与えられるだけのことがある。・・・経済や能率、科学や技術は彼の指摘するようにその後も猛烈な進展を見せた。一方人間の生活はますます置いてきぼりを食わせている。この調和を求める闘いは彼の唱える美的感動の域まで持ち上げられねばならない。・・・・古 »続きを読む
