古書&アート作品

川添登
『建築の滅亡』

1960、現代思潮社、初、背少焼け汚れ、新書版、208P
00円 (在庫なし)

来るべき建築、都市の未来を考える。 「・・・原始人たちは、大地が無限であり、また、時間が永遠であることを知っていた。それ故にこそ、彼らは、むしろ新陳代謝の状態こそ、その永遠性の中により良く生き続けることになると信じていたに違いない。 永遠性を主張する建築が出現するのは、権力を私有するものの発生によってである。自らの地位―その位置する時間と空間とを奪われることを極度に恐れたものが、いわゆる≪建築≫を生み出したのだ。また、中世のキリスト教徒たちが、永遠性を彼らの大伽藍に表現したのは、実に彼らが終末説を信じたが故にであった。 来るべき世紀は、人びとが土地から離れることによって、ふ »続きを読む

河合隼雄
『生と死の接点』

1989年、岩波書店、カバー、帯、四六版、358P
1,000円

さまざまな意味での接点の仕事である心理療法の角度から、老い、生、死の意味について考える。 「現代はあらゆる面において、≪境界≫ということが大きい問題となりつつあると考えられる。いわゆるフロンティア精神は、既知の領域から≪辺境≫に向かってゆく、という意味であったが、ここに取りあげている≪境界≫は、既知の領域と既知の領域の間にある一本の≪線≫として、≪領域≫であるという認識さえなく、あまりにも自明なこととしておかれたものである。その自明な線は果してそれほど自明であったろうか、という疑問があちこちに生じてきて、それはそのような区分によって保たれているかに見えた秩序を根本的に揺がす »続きを読む

木村敏
『人と人との間』

1974、弘文堂、初、函(数か所に染み)、四六版、238P
1,000円

日本人論の古典の一冊。 「≪われわれ日本人≫に表されている日本人の集合的アイデンティティーが、西洋人のそれと違って個人的レベルのものではなく、超個人的な血縁的、それも血縁史なアイデンティティーであるということ、これが本書において最初に押さえておきたい一つの眼目である。この血縁史的アイデンティティーは、実に多くの「日本固有」の現象を説明する鍵になる。例えば中根千枝氏のいわゆる≪タテ社会≫をとってみても、これはいわば、この血縁史的アイデンティティーが、現在の時点に投影されたものにほかならないし、土居健郎氏のいう≪甘え≫にしても、このアイデンティティーが現実の対人関係の場面に投影 »続きを読む

クリフォード・ギアツ
『ローカル・ノレッジ:解釈人類学論集』

1991、岩波書店、初、カバー、帯、B6版、424P
2,500円

「とどのつまるところ、またそもそもの初めから、文化の解釈学的研究とは、人間が生を営むという行為において生を構築する際の多様性と調和しようとする試みである。・・・他の人々がわれわれを見るようにわれわれ自身を見ることは、目を開かせるものとなろう。他の人々にもわれわれ自身と共有するところがあるとして見ることは、最低限の心得である。しかし、われわれ自身を他の人々のさなかに見る、すなわちわれわれ自身を、人間の生がある地でとったかたちの固有(ローカル)の実例として、諸事情の中の一事例、諸世界の中の一世界として見るというはるかに大きな困難を達成して初めて、それなくしては客観性は自己賛美と »続きを読む

木田元
『現代哲学』

1969、日本放送出版協会、初、カバー(少汚れ)、B6版、帯、204P
1,000円

フッサール、メルロ=ポンティ、サルトル、レヴィ=ストロースなどの論理を辿り、現代哲学の中心的課題を明白にする。 「・・・ヘーゲルにせよ、マルクスにせよ、それぞれの流儀で当代の政治や科学や芸術などとの対話を試み、そのなかから自己の哲学を作り上げてきているわけである。メルロ=ポンティ自身もあるところで、哲学というのは≪どこにもありどこにもない≫(partout et nulle part)ものだ言っているが、たしかに哲学というものは知のどの領域にでもあるが、といって哲学に固有の領域などというものはどこにもないもののようである。むしろこういうふうに、当代の政治や科学や文化の諸領域 »続きを読む