古書&アート作品

マックス・ホルクハイマー&テオドール・アドルノ
『啓蒙の弁証法』

1990、岩波書店、初、カバー(少焼け)、帯、四六版、422P
1,500円

≪啓蒙≫と≪神話≫の弁証法的関係を探求したフランクフルト学派の泰斗による代表的著作。 「・・・彼らが、故国での体験のみならずアメリカ社会の実情を含めて、一貫して見据えているのは、ある長い歴史、世界史的・人類史的過程としての西欧文明の終りだからである。そういう一つの終末に視座を置いて、彼らはこの文明の根源へと省察の眼を向ける。本書の表題とされる≪啓蒙≫とは、たんに無知を啓発するという教育的意味や、歴史上の一時期をさすのではなくて、こういう人類史的過程を貫く文明化の過程という意味をもっている。さしあたり文明とは野蛮に対立するものと考えられるとすれば、”何故に人類は、 »続きを読む

中村雄二郎
『人類知抄 百家言』

1996、朝日新聞社 非売品、初、函、菊判、326P
2,000円

古今東西の英知からのパサージュを通じ考え問う書。 「哲学が求められている、と言う。・・・。哲学はなによりも、生きることに渇きを感じる強烈な好奇心を持ち、思い考えることが生きることと直結することにならなければならないだろう。・・・。古今東西の≪人類の英知≫の掘り起こしという、いささか途方もないことを企てたのはどうしてか。私たち人類が地球規模で数世紀来の大転換期に遭遇しているいま、個々人がそれぞれの生き方を探る際に、それらの人類の英知を生かさない法はないからである。」

中沢新一
『チベットのモーツアルト』

1983、せりか書房、初、カバー、帯
1,500円

「この本の書名は、ジュリア・クリステヴァの論文集『ポリローグ』からとられている。『ポリローグ』のなかで、彼女は、フィリップ・ソレルスの小説『H』の音楽性について語っている。『H』には、句読点がひとつもない。言葉で書かれたものでありながら、シンタックスや論理や制度的なスカンションによる≪意味の有限化≫を拒絶しようとしている。≪意味の構造≫に微分・差異化のアタックがかけられ、さまざまなレヴェルの同一性は解体されて、意味は無限化にむかってひたすら疾走しはじめようとしている。 だが、『H』における意味の微分法は、同時にこのうえなく豊かな官能性に裏打ちされている。テクストをかたちづく »続きを読む

中村雄二郎
『悪の哲学ノート』

1994、岩波書店、初、カバー、帯、四六版、347P
1,500円

哲学は、現実としての≪悪≫の問題にどのように迫り得るのか。 「・・・どうして悪は、あるべからざるものでありながら、そこにある種の魅力があるのだろうか。その点を避けるとき、≪悪≫の問題を扱ったことにならないだろう。およそ、暴力や破壊に対するひそかな快感や隠れた欲望は、われわれ人間にとって決して偶然的なものでなく、人間の本能的自然のうちに深く根ざしている。さらにいえば、根源的な自然がわれわれ人間に破壊をすすめ、≪悪≫を促すのである。 これまで、哲学や倫理学においては≪悪≫の問題がうまくとらえられず、宗教や芸術においては、突っ込んで扱われたのは、いったいなぜだろうか。おそらく、宗 »続きを読む

E. H. ノーマン
『クリオの顔』

1956、岩波書店、初、全体に少経年シミ、新書版、230P、大窪愿二訳
00円 (在庫なし)

歴史の女神(ミューズ)であるクリオに託し、人間性を深める学問としての歴史に関するハーバート・ノーマンの随筆・講演集。「・・・歴史にはいったい主流とか統一的テーマというものがあるのか、という人があるかもしれない。そこで私は、正しい遠近法―というのは遠い背景をいうことが多いのだが―から見るならば、歴史の中心問題は、民族の場合でも国家の場合でも、変化の性格を発見し説明することであると、大胆ながら答えたい。変化というのは、文明の勃興であり没落である。都市の発展であり荒廃である。一つの社会組織については階級の変化である。制度についてはその形式ばかりでなく内容の変化である。また一時代の »続きを読む