マルクス主義者の眼を通し芸術史全体を概観した批評家フィッシャーの書。 「・・・世界の変革を宿命として課された階級にとって、なるほど芸術の本質的な機能は、魔術をかけることなどではなく、啓蒙・刺激によって行動を起こさせることであろう。しかし同時に、芸術の中に残っている魔術的要素を完全に拭い去れないことも事実なのだ。なぜなら、あのわずかに残された原初的特質が消え去れば、芸術は芸術たることを止める他ないからである。 荘厳であれ滑稽であれ、説得であれ誇張であれ、正気であれ狂気であれ、空想であれ現実であれ、芸術史上のあらゆる形式において、芸術は常に魔術と多少の関係をもつ。 芸術は、人間 »続きを読む
古書&アート作品
1967、法政大学出版局、初、カバー、本体少経年しみ、四六版、275P
『存在と意味』
1990、岩波書店、初、函
4,000円
「人類文明はかなりの以前から世界観的次元でのパラダイムの推転局面―17世紀におけるいわゆる近代的世界観への転換期に次ぐ新たな現代的世界観への転換期―を即自的に径行しつつある。玆に胚胎している新しい世界観的パラダイムを対自化し、可及的に定式化すること、これが哲学の今日的一大課題であり、この課題に対して著者なりに応える拙い構案が謂うところの≪事的世界観≫である。」
『クレーの絵画』
1974、紀伊国屋書店、初、カバー、地に少経年シミ、菊版、281P、土肥美夫訳)
2,000円
クレーの作品創作の背後にあるものは何か。 「・・・クレーが芸術を把握するにあたって決定的に重要でだったのは、音楽の体験である。音楽体験に関して彼が占めている特殊な立場は、彼が自分でヴァイオリンやヴィオラを弾き、それを職業的能力にまできたえあげたということではない。他の多くの画家たちも、同じように音楽と深く結ばれ、仕事のための寛ぎや刺激や気分を音楽に見出していたし、クレーにとってもまた、音楽は、内面への方向を確認し、自分の声に聴きいる保証だったであろう。だがしかし、彼にとって音楽はそれに尽きるものではけっしてなかった。音楽は彼の絵画の仕事とパラレルなもの、類似のものだったので »続きを読む
『画家と画商と蒐集家』
1963、岩波書店、帯、新書版、257P
1,000円
「・・・中世のはじめ、修道院のなかで聖書のミニアチュール挿絵を描いている僧籍にある画家は修道院という閉鎖社会に生きているが、次の時代になって、契約=注文=生産から自由=商品=生産に発展すればするほど、美術市場のなかで生活する画家となってくる。パトロン=蒐集家、発表し売買する仲介場所としての展覧会、売買を仲介する画商が構成する美術市場のなかに入らざるを得ない。そこには、形に影がそうように贋作が現われ、価格がきめられ、競売制度が生まれてくる。 本書は、いわば、鑑賞の背後にある絵の世界、巨匠たちの生きていた≪現代≫の生活的環境と、巨匠の手から離れた作品の社会、経済的現実について、 »続きを読む
『夢と実存』
1960、みすず書房、初、荻野恒一訳、序論:ミシェル・フコー、少汚れ、新書版、198P
1,500円
現存在分析で名高い精神医学者による夢分析を通じた人間存在論。 「ビンスワンガーは、夢の心像内容の中に意味されている実存の意味方向を明らかにしてゆくこと、すなわち夢の心像を現象学的に還元するという操作を用いて、夢の主体が世界に向かっている志向性を分析してゆくことによって、夢の主体者の存在論的実存範疇を認識しようとしたのである。それゆえビンスワンガーにとって、夢は単に睡眠によって惹起されている有機体の営みに尽きるものではなく、有機体の営みにおいて語られているゼーレノの言葉(心像)の中に、覚醒した世界への志向性を探りうると考え、また逆に覚醒しえない夢見る者の存在様式をも照し出すこ »続きを読む
