人文科学

森有正
『経験と思想』

1977、岩波書店、初、B6版、207P
1,000円

1970年代に国際基督教大学で行った講義の草稿をもとにしたもので、人間が個人として社会を構成し生きている事実を、≪経験≫が成熟して≪思想≫に到る一つの実存的過程として内側から捉えようとした試み。 「人間が≪人間として≫生きる態度をいかにして確立するか、という問題の、私自身の、また私なりの探究である。・・・経験と思想とは言いがたいもの、語りがたいもの、しかもそれでいて、我々の個人性と普遍性とが繞って現れて来る根源だと思う。・・・私は本当の経験と思想とは、学校教育とは全く逆に、人生の終りになって、一箇の人間が成熟をとげた時に始めて明らかになるものである、と思っている。経験は一箇 »続きを読む

山川方夫
『親しい友人たち』

1963、講談社、函、帯(少焼け・スレ)、初、230P
00円 (在庫なし)

妻、夫、友人・・・親しい人たちが、何をしでかすかわからない。何を考えているのかもわからない。・・・あなたの生活のなかにひそむ愛の残酷さと恐怖をあざやかにえがくリリシズム。 山川方夫のショート・ショートは、日本でも愛読したし、アメリカに来てからも待ちかねて読んだ。つまり、それは移植しても枯れない文章で書かれ、世界中に通じる現代人の恐怖の源泉にふれている。ここに登場するのは人間であって、お定りの宇宙人ではない。本当に非現実的で、怖いのは、原爆でも宇宙人でもなくて、人間だということを作者が知っているからである。したがってこれは文学であるが、この文学は面白い。誰かがこの本を英訳しな »続きを読む

カール・グスタフ・ユング
『ユング自伝1, 2』

1972、みすず書房、初、カバー(汚)、本体経年焼け、自伝2に書き込みと蔵書印あり、河合隼雄ら訳、四六版、1=290P、2=276P
00円 (在庫なし)

ユングによる内界への旅を記したオデュッセイアー。 「私の一生は、無意識の自己実現の物語である。無意識の中にあるものはすべて、外界へ向かって現われることを欲しており、人格もまた、その無意識的状況から発達し、自らを全体として体験することを望んでいる。私は、私自身の中のこの成長過程を跡づけるのに科学の用語をもってすることはできない。というのは、私は自分自身を科学的な問題として知ることができないからである。 内的な見地からすると我々はいったい何であり、人はその本質的な性質において何のように思われるかを我々は神話を通してのみ語ることができる。神話はより個人的なものであり、科学よりもも »続きを読む

ジェイムズ・クリフォード
『文化の窮状:二十世紀の民族誌、文学、芸術』

2003、人文書院、初、カバー、帯、太田好信、慶田勝彦、清水展、浜本満、古谷嘉章、星埜守之訳、菊判、601P
6,000円

ポスト・モダンの旗手として名高い人類学者の代表作。 「誰が集団の真正さやアイデンティティについて語る権威をもつのか。文化や境界や本質的な要素とは何であろうか。民族誌、旅、近代のエスニック関係における出会いに際し、自己と他者はどのように対立し、また、対話するのであろうか。発展、喪失、創造のいかなる物語が、ローカルな抵抗運動についてのさしあたっての理解を示しうるのか。・・・この本は西洋的なヴィジョンと実践についての考察である。」

湯浅泰雄
『身体の宇宙性:東洋と西洋』

1994、岩波書店、初、カバー、帯、四六版、323P
2,000円

身体=ミクロコスモスと宇宙=マクロコスモスとの照合を考える。 「人体を小宇宙(ミクロコスモス)にたとえ、大宇宙との間に対応関係をみる考え方は、神話時代の世界のさまざまな文化圏に見出される。原始の知性にとって、この関係は比喩以上の意味をもっていた。そこには、生命としての人間は大宇宙の存在と深くかかわることによって生きている、という直観が見出される。言いかえれば、大宇宙と小宇宙の対応関係は、宇宙の存在の神秘と自己の内にある生命というものの神秘が一つに感じられるということを意味している。神話は、この直観を象徴的にイメージによって語る試みである。それは、宇宙における人間の位置と存在 »続きを読む